元AV女優「渡辺まお」を私は愛することができるのか? 塞がっていた過去の傷をこじあけた軌跡【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第32回
【塞いでいた過去の傷をこじあけた瞬間に】
当然、そんなことをすれば彼女の逆鱗に触れてしまう。初めの頃は、涙でぐちゃぐちゃになり、視界がぼやけて書けなくなってしまうことがよくあった。「私を知った気になるな」と彼女が騒ぐたびに、「わたしが一番知っている」と真正面から向き合い、塞いでいた過去の傷を無理やりこじあける。わたしと彼女の身体の真ん中を掻き切って、どくどくと流れ出した血をインクにして文字を紡ぎ続ける。
書き続け、絡まりあった糸を一つ一つ解きほぐすうちに、あんなに恐ろしかった彼女が、本当は小さくてか弱い存在だということに気がついた。それは不思議と20歳のころの、誰かに必要とされたくて、寂しがり屋で、どんなに傷ついたとしても自分を犠牲にして頑張ってしまう、そんなわたしによく似ていた。ごめんねとありがとうを伝えると、彼女は一番初めに見せてくれた笑顔を浮かべた。わたしの中で彼女の感覚が薄まっていくのを感じた。誰よりも近くにいてくれた彼女との別れは、苦しいものではなく、なぜかわたしに力を与えてくれるようなものだった。
2023年12月。私は海にいる。ちょうど初めて彼女と出会ったのと同じぐらい静かで冷たい海だ。少し遠く、私の視界の先には、屈託なく笑い、水色のワンピースの裾を揺らしながら押し寄せる波を避けて歩いている彼女がいる。
私の一番愛おしい存在だ。彼女がいるから今の私が存在して、彼女がいたからこそ出会えた世界と、出会えた人間がいる。けれど今、彼女は隣にはいない。少し離れたところで私を見守ってくれている。
書くという行為はわたしと彼女を救ってくれた。けれど、これで終わりではない。
明日も明後日も、年が変わろうが私は私の血をインクに、言葉を紡ぎ続ける。私が生きている限り、その行為に終わりはないのだ。
読者の皆様、『私をほどく』を毎週読んでくださりありがとうございます。私の過去について書くというテーマで始まり、正直なところ私もここまで続くとは思いませんでした。「読んでくれる人がいる」というのはここまで人を奮い立たせるのか、と実感しております。来年もどうぞ、神野藍、そして『私をほどく』をよろしくお願いいたします。
文:神野藍
✴︎ 第33回は1月12日に配信予定です。